ガイドとのコミュニケーション不安
11月23日、この旅の目的の一つである
トゥール・スレン(S-21)虐殺博物館 と
キリングフィールド(チュンエク) を訪れる日です。
前日の夜から、ツアーガイドとのコミュニケーションが少し不安でした。
WhatsAppでのやりとりは、翻訳アプリもあるので何とかなるのですが、
会話となると、ほとんど聞き取れない・話せない というのが現実です。
「果たして一日、ちゃんと通じるのだろうか…」
という心配を抱えつつ、朝を迎えました。
トゥール・スレン(S-21)虐殺博物館
まず向かったのは、トゥール・スレン(S-21)虐殺博物館。
かつて学校だった場所が、ポル・ポト政権時代に拷問施設として使われた場所です。
ここでは、音声ガイド を借りて、説明を聞きながらゆっくりと回りました。
- なぜ、普通の市民や知識人が連行され、拷問され、殺されていったのか
- その背景に、どのような政治状況や思想があったのか
歩きながら、頭の中ではずっと「なぜ」という言葉がぐるぐると回っていました。
遺影の並ぶ部屋、独房として使われた教室。
写真や展示ひとつひとつが重く、途中で何度も立ち止まらざるを得ませんでした。
骸骨が展示されている部屋もありましたが、そこは撮影禁止(No Photo)。
ここだけは、現地で見た印象を、「写真なしで、自分の記憶として持ち帰る場所」なのかもしれません。


キリングフィールド(チュンエク大量虐殺センター)

次に向かったのは、キリングフィールド(チュンエク)。
その名の通り、多くの人が処刑された場所です。
ここでも音声ガイドを借りて、ゆっくりと敷地内を歩きました。
- 集団墓地となった場所
- 子どもたちが犠牲になったとされる木
- 発掘された遺骨や衣服
言葉を失うような説明が続きます。
中心部には、遺骨が収められた慰霊塔 があり、
そこには多くの頭蓋骨や骨が、静かに積み上げられています。
トゥール・スレンとキリングフィールドは、
「過去の話」として観光で見るのではなく、
「なぜ、こんなことが起きてしまうのか」 を考え続ける場所だと感じました。

ホテルに戻って、遅めの昼食
重い気持ちを抱えたまま、ツアーは終了し、ホテルに戻りました。
少し休んでから、遅めの昼食を近くのレストランでとることに。
選んだ料理はカンボジア料理ではなく、比較的入りやすそうな店で。
味は美味しかったのですが、何となく会話が弾む気分ではなく、
静かに食べ終えました。
午後の街歩き:王宮エリアとワットプノンへ
午後は、翌日に回す予定だった場所を、
時間のあるうちに見ておこうと思い立ち、街歩きに出ました。
- 王宮周辺のエリア
- 小高い丘の上に建つ ワットプノン
本来はGrabで行くつもりでしたが、歩いてみると「何とかなる距離」と判断し、そのまま徒歩で回ってみました。
結果としてこの日は、2万歩以上 歩いたことになります。
観光地そのものの印象もさることながら、
道路事情や街の雰囲気、人々の暮らしぶりを肌で感じることができました。


夕食はコンビニのサラダで「野菜補給」
夜は、近くの「Smile」というコンビニのようなお店へ。
野菜不足を少しでも解消しようと、サラダを購入してホテルで食べました。
日本やシンガポールと比べると、
・街の明るさ
・店の種類
・衛生面の印象
など、いろいろな面で違いを感じますが、
それも含めて「今のカンボジア」なのだと思います。
一日を終えて
この一日は、
「観光」ではなく「向き合う」 という言葉がしっくりくる日でした。
- トゥール・スレン
- キリングフィールド
どちらも胸が痛む場所ですが、
「知らないままでいる」よりも、「一度は自分の目で見ておきたい」と思って行きました。
言葉の壁もあり、うまくガイドと会話ができないもどかしさもありましたが、
それも含めて、今回の旅の大きな「課題」と「学び」になったように感じます。
次回予告:最終日と、旅のまとめへ
次回は最終回、
「帰国と振り返り──ひしひしと感じた円安の旅 です。
・最終日の過ごし方と空港への移動
・ラウンジや乗り継ぎの様子
・ひしひしと感じた円安
などをまとめて、シリーズを締めくくります。

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