病院や介護事業所など夜勤が伴う人についての年次有給休暇について時々、何日、年次有給休暇を与えれば良いかということと同時にそれに対応する賃金はいくら払えば良いかという質問を時々受けます。そこで、時々誤解があると思われる労働日と通常賃金という用語について解説することにします。
年次有給休暇の条文を見てみます
労働基準法第39条第9項には、次のようにあります。
「使用者は、その雇入れの日から起算して6箇月間継続勤務し全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した10労働日の有給休暇を与えなければならない。」(便宜上、漢数字はアラビア数字に直してあります。以下も同じです)
年次有給休暇に対する質問にはいろんなことがあり、また別のところで、言及する予定ですが、今回は、上記条文の「10労働日の有給休暇」というところにフォーカスして解説していきます。つまり、「労働日」という用語と「有給」という用語についてです。
年次有給休暇の場合、昼間勤務の場合は割と迷うことなく「労働日」と「有給」については計算できます。例えば、1日の年次有給休暇を取得しようとすれば、月給者の場合は控除せず、時給者や日給者の場合は、1日分を支給すれば良いわけですから。
ところが、病院や介護事業所など夜勤が伴う人についての年次有給休暇については、ちょっと迷う場面が出てきます。特に夜勤専門の人で翌日までの勤務がある場合、夜勤1回分の年次有給休暇を請求したら2日分消化したとされ、ちょっと違うのではないかという質問を受ける時があります。
そこで、この条文に出てくる「労働日」という用語を正確に理解しておかないといけないということになってきます。だいぶ昔の話ですが、私自身も間違った解釈をしていて、事業所の方に迷惑をかけてしまい、説明というか、釈明をしに行ったことを覚えております。
労働日について考えてみます
労働基準法上、労働日とは、原則として暦日計算によります。例えば、18時から翌日の9時までのような夜勤勤務の場合の年次有給休暇を考えると、1勤務が属する2暦日は2労働日と計算され、もしこの夜勤勤務の免除としての年次有給休暇は2労働日とカウントされます。
一方、解釈例規(厚生労働省労働基準局長が各都道府県労働基準局長宛に出した通達のこと)には、「継続勤務が2暦日にわたる場合には、たとえ暦日を異にする場合でも1勤務として取り扱い、当該勤務は始業時刻の属する日の労働として、当該日の『1日』の労働とする」とあります。
つまり、労働時間を計算する場合も原則は暦日計算によりますが、夜勤勤務のような場合は、当該日の労働を『1日』と取り扱うことから、年次有給休暇の場合の1労働日とこの1日を同じと考えて、若干の混乱が生じているのではないかと私は考えています。
事例で少し考えてみます
この労働日の考え方を年次有給休暇に適用すればどのようになるか、以下の事例1で少し検証してみましょう。
<事例1>
「14時間勤務(午後6時から翌日午前9時まで)で、月10回の夜勤専門の人で、勤続年数が1年の人」
まず、結論として、上記の人が、年次有給休暇の請求をしたとすれば、2労働日を与えることになります。つまり10労働日あるうちから2労働日消化したことになり、8労働日が残っていることになります。なお、いくらの賃金を払えばよいかについては、後で検討いたします。
なお、行政解釈(解釈例規)は、以下のとおりです。
「1勤務16時間隔日勤務や1勤務24時間の1昼夜交代勤務で1勤務が2暦日にわたる場合も同様に暦日原則が適用され、8割出勤の要件たる全労働日についても当該1勤務が属する2暦日が2労働日と計算され、年次有給休暇付与についても、当該1勤務の免除が2労働日の年次有給休暇の付与とされる。」
つまり、この夜勤専門の人は、5回分の年次有給休暇を与えたら10労働日になるので、これで年次有給休暇は使い切ってしまうことになります。ちなみに、パートタイマーのような比例配分も考えられるが、この人の場合は、1週間30時間以上なので付与日数は、10労働日となります。
ところが、これを労働時間の場合と混同してこの夜勤勤務を1労働日と考えて10回分の年次有給休暇を与えたとしたらどうなるのと思いますか?労働基準法上は、当然違反になりません。何故なら、本来は10労働日でよかったものを20労働日与えており、労働基準法を上回っているからです。
次に、賃金について考えてみます
今度は、いくら払えば良いのかという問題です。労働基準法上の規定を見てみましょう。
「使用者は、第1項から第3項までの規定による有給休暇の期間又は第4項の規定による有給休暇の時間については、就業規則その他これに準ずるもので定めるところにより、それぞれ、平均賃金若しくは所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金又はこれらの額を基準として厚生労働省令で定めるところにより算定した額の賃金を支払わなければならない。ただし、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、その期間又はその時間について、それぞれ、健康保険法 (大正11年法律第70号)第40条第1項 に規定する標準報酬の30分の1に相当する金額(その金額に、5円未満の端数があるときは、これを切り捨て、5円以上10円未満の端数があるときは、これを10円に切り上げるものとする。)又は当該金額を基準として厚生労働省令で定めるところにより算定した金額を支払う旨を定めたときは、これによらなければならない。」 (労働基準法第39条第9項)
上記によれば、賃金の支払い方法については、3つの方法があることがわかります。それは、
- 平均賃金
- 所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金(以下、「通常賃金」と略します)
- 健康保険法による標準報酬日額に相当する金額
の3つです。ただし、平均賃金や通常賃金で支払う場合は就業規則等での規定が必要ですし、標準報酬日額に相当する金額を選択する場合は、労使協定が必要です。なお、私が見る限り、就業規則等の規定では、そのほとんどが「通常賃金」で支払うとされているものが多いようです。
今度は、通常賃金に関する行政解釈(基発)は次のようになっています。
「1、所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金には、臨時に支払われた賃金、割増賃金の如く、所定時間外の労働に対して支払われる賃金等は、算入されないものであること。
2、法第39条第9項の規定は、計算事務手続の簡素化を図る趣旨であるから、日給者、月給者等につき、所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金を支払う場合には、通常の出勤をした者として取扱えば足り、規則第25条に定める計算をその都度行う必要はないこと。」
次に、労働基準法施行規則第25条がどうなっているかを以下掲載してみます。
「法第39条第9項 の規定による所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金は、次の各号に定める方法によつて算定した金額とする。
1 時間によつて定められた賃金については、その金額にその日の所定労働時間数を乗じた金額
2 日によつて定められた賃金については、その金額
3 週によつて定められた賃金については、その金額をその週の所定労働日数で除した金額
4 月によつて定められた賃金については、その金額をその月の所定労働日数で除した金額
5 月、週以外の一定の期間によつて定められた賃金については、前各号に準じて算定した金額
6 出来高払制その他の請負制によつて定められた賃金については、その賃金算定期間(当該期間に出来高払制その他の請負制によつて計算された賃金がない場合においては、当該期間前において出来高払制その他の請負制によつて計算された賃金が支払われた最後の賃金算定期間。以下同じ。)において出来高払制その他の請負制によつて計算された賃金の総額を当該賃金算定期間における総労働時間数で除した金額に、当該賃金算定期間における1日平均所定労働時間数を乗じた金額
7 労働者の受ける賃金が前各号の2以上の賃金よりなる場合には、その部分について各号によつてそれぞれ算定した金額の合計額」
以上のように、この通常賃金の考えを前提にして、現実の実務を行わなければならないと考えているところですが、結構迷う場面が出てくるのも事実です。そこで、以下、事例をもとに少し考察してみることにします。
賃金支払の現実を考えてみます
事例2及び事例3の労働者が夜勤勤務時に年次有給休暇を請求したときの現実の賃金支払はどうなるかを考えてみます。なお、就業規則上での規定は、通常賃金とします。
(月給者):基本給 150,000円(月額)、資格手当20,000円(月額)、通勤手当4,100円(月額)、夜勤手当(深夜割増分)1回3,000円
<事例2>
事例2については、賃金から控除しないということで、賃金実務が行われるわけですが、基本給や資格手当は、当然通常賃金と考えられますが、よく質問等を受ける通勤手当や深夜割増分としての夜勤手当については、どう考えたら良いだろうかというのが今回の検討テーマです。
結論としては、夜勤手当については、上記行政解釈の通り、「所定時間外の労働に対して支払われる賃金」としての性格を持つので払う必要はないというのが私の見解ですが、通勤手当については、「実費補償的性格な手当」なので、払わなくて良いという説がありますが、若干微妙だと考えています。
この通勤手当は、1労働日について、年次有給休暇を請求されたときには、問題になることはほとんどありませんが、長期の年次有給休暇を請求された時や年次有給休暇を全部消化した後に退職する場合が生じたときに、時々相談を受けることがあるからです。
そこで、現在私は、次のように伝えております。
「この通勤手当についても控除しないで支給してください。もし、どうしても支給したくない場合には、就業規則(賃金規程)の中に、『通勤手当は実際に出勤した日についてのみ支払う。』というような一文を入れてください。」と。
次に、事例3の夜勤専門の日給者について検討してみましょう。
<事例3>
(夜勤専門日給者):1勤務 14,000円(深夜割増分を含む)、通勤手当 1勤務 400円
私なりの結論としては、通勤手当は支払う必要はありませんが、日給の14,000円は深夜割増分を控除することなく払う必要があると考えています。ただし、通勤手当についても『通勤手当は実際に出勤した日についてのみ支払う。』というような一文を入れてくださいとも言っております。
日給14,000円については、この金額が夜勤専門者の場合の通常賃金と考えているからですが、同時に労働条件通知書にも、深夜割増分を含んだ金額14,000円を1勤務あたりの賃金と明示するように助言、指導しています。もちろん、夜勤専門でなかったら違ってくるという条件付きではありますが。
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